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【げんふうけい】「三日間の幸福(WEB版)」を読んで思う幸福のあり方

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元々は「寿命を買い取ってもらった。一年につき、一万円で。」というタイトルで2chに投稿されたSSです。初めて出会ってからそれなりに日が経ちますが、今でも月に一度は読み返してしまう。それほど琴線に触れた作品です。お話しして参ります。

※三日間の幸福(WEB版)のネタバレが多分に含まれています。未読の方はご注意ください。

16.08.11:少年ジャンプ+にて田口囁一によるコミカライズが掲載中です。

人生の価値ってはたしていかほど?

「自分の人生には、何円くらいの価値があるか?」
そんな質問をされたことがあったな。
確か、小学四年生の道徳の授業だったか。

誰しも、なんとなく同じようなことを考えたことがあるのではないでしょうか。ストレートに「自分の人生はいかほどか」とまでは及ばずとも、就職を機に「自分はどれだけの能力を持っていて、一生かけてどれだけのお金を稼ぐことができるのだろう」なんて思考に埋没してみたり。

特に男性は稼ぎ頭の役目を担う割合が高いため、一度くらい考えたとて不思議はありません。

自分の価値を信じない人はそういない

主人公クスノキは二十歳の頃とにかく金欠にあえいでおり、知人のツテで寿命を買い取ってくれる店の存在を知り、実際に寿命を買い取ってもらうことになります。

ここで重要なのは、現実のところ個人の人生にはいかほどの価値があるのか、ということです。自分が無価値であると心の底から考える人間などそうはいないはずです。たとえば「ホント俺ってダメなやつなんだよね」などと口にしていも、それは本音ではなく他者に否定を求めている場合が多くを占めるのではないでしょうか。

そんなわけで、表情上はどうあれ誰しも自分には何らかの価値があると信じて生きているのです。

少なくとも俺は、実際に寿命を売るその日までは、
自分の人生は二、三億くらいの価値があると思ってた。

だから十年か二十年くらい寿命を売って数千万得て、
残りの人生を楽に生きるのが利口だと考えてたんだよ。
幸せな六十年とそうでもない八十年だったら、
前者の方が絶対いいに決まってるからな。

例に漏れずクスノキもそう考えています。

この二、三億とはサラリーマンの生涯給料と同等で、割と現実的な金額です。つまりクスノキが考える”寿命を売る”という行為は、将来的に稼ぐお金の前借りである、ということになります。

わざわざ労働者として汗水流してお金を稼ぐよりも、労働という過程をすっ飛ばして寿命と引き換えにお金を得て、それなりの余暇をもって生きる方が利口というのはなるほど道理です。もしも私がクスノキと同じ立場であれば、間違いなく同じ選択をするでしょう。

生涯給料=人生の価値ではない

査定結果を見て、俺は変な声をあげちまった。

一年につき一万円? 余命三十年?

しかし稼ぐ金額と人生の価値が=とうわけではないらしく。

「これ、何を基準に決められてるんですか?」
俺はそう言いつつ査定表を女店員に見せた。

「色々です」と彼女は面倒そうに答えた。
「幸福度とか、実現度とか、貢献度とか、色々」

しかしそうは問屋が卸しません。クスノキの人生は、一年につきたった一万円の価値しか持たないと判断されてしまいます。

どういうことか?いくら金を稼いでいようとも、周囲にひとつの影響すらもたらさない存在であれば、無価値であるということなのでしょう。ただ自分のためだけに金を稼いで、自分のためだけに金を使って、自分のためだけに生きていく。そんな人生は幸福でなければ、何も実現できていないし、何も貢献できていない。そう捉えられても仕方がないのかもしれません。

どう生きるべきか。太く短く?細く長く?

だがその頃には俺の感覚は麻痺しちまっててさ、
自分の物や時間を安売りするのに慣れ過ぎてた。
で、ヤケになって、こう答えちまったんだ。
「三か月だけ残して、あとは全部売ります」

クスノキは自暴自棄になって、たった三ヶ月を除く寿命をすべて売り払い、30万円を手にします。

彼は学生の身分なので、30万もあれば残り三ヶ月を過ごすには十分でしょう。それどころか実家からの仕送りを合わせれば(仕送りの描写はありませんが、あると仮定した場合)、そこそこ裕福に過ごせます。加えてあくまで売るのは寿命であるため、余命をなくすそのときまで健康体のままでいられます。

余命がはっきりしている分かえって計画的に過ごせそうですし、病により天寿をまっとうするわけではないので、最期まで寝たきりでなくとも良いというのは大きなメリットです。彼がかつて考えていた「残りの人生を楽に生きること」自体は辛くも実現したわけです。その期間があまりに短いとはいえ。

たった一人のために人は変われる?

余命一年を切ったクスノキには、ミヤギという女性監視員がつくことになりました。あくまで監視員の務めに徹するミヤギでしたが、監視対象以外の人間に認識されず「いない者」として扱われてきた彼女に対して、外でも変わらず話しかけてくれるクスノキに、憎からぬ感情を抱くようになります。

またクスノキも、30万円という金額に隠された重大な秘密を知ることになります。なんと彼の本当の価値はたった30円ぽっちで、30万円はミヤギが立て替えてくれたお金だったのです。

ミヤギは母親の借金を返済するために寿命を売り買いする店で働いました。監視員として周囲にとって「いない者」となり、ひたすら働き続けてきたのです。そしてそれは、これからも続いていきます。そんな生活に寂しさや悲しさを覚え、意味のない利他行動に走ってしまった。

この日からクスノキは、彼女の恩返しをするために尽力します。どうすれば彼女の借金を少しでも減らせるのか。考え抜いた末に彼は鉛筆を取り、スケッチブックに絵を描き続けます。

余命が30日になったところで、クスノキは再び寿命を売り買いを行う店に赴きます。たった三日を残したすべての寿命を売り払うために。彼の価値は30円から一変していたのです。

本来であればクスノキは、残された30日間で世間に絶大な評価を得て、美術の教科書に載るまでの絵を描きあげるはずでした。しかしその未来を潰し、残り少ない寿命を売り払い、ミヤギの借金のほとんどを返済してしまいます。

何故クスノキの人生は価値を変えたのか?

「幸福度とか、実現度とか、貢献度とか、色々」

初めてクスノキが店を訪れた際、ミヤギが審査基準を口にしていました。

世間に評価される絵を描いた貢献度が彼の価値を底上げしたのでしょうか?もちろん要因のひとつでしょう。しかし一番大事なことは、ミヤギという女性のために身を削って、彼女の借金を返済しようという行為にあると思うのです。

このことを知ったミヤギは、クスノキと同様、自分の寿命を三日だけ残してすべて売り払ってしまいます。

「さて、クスノキさん」

ミヤギは俺に微笑みかける。

「これから三日間、どう過ごしましょう?」

多分、その三日間は、

俺が送るはずだった悲惨な三十年間よりも、

俺が送るはずだった有意義な三十日間よりも、

もっともっと、価値のあるものになるんだろう。

たった一人のために自分の人生を投げ捨てることすら惜しまない。そう思えるまでに大切で、特別な人ができた幸福が何よりクスノキの価値を変えた理由なのです。そしてそれは、ミヤギにとっても同じこと。

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