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怒り、憎しみ、反骨精神…。負の感情は人の原動力になり得る

2016040101

何かに怒ったり誰かを憎んだりすることは、世間一般的によろしくはない行為だと考えられています。しかし自然と湧き上がる感情を果たして否定して良いものだろうか、と私は思います。

何かに喜んだり誰かを慈しんだりすることと同じく、大事なことなのです。

過度の幸せは人を堕落させる

人並みの幸福を体験したかと問われれば微妙なところですが、私にも瞬間的に幸せ絶頂の時期がありました。あまりに幸せで、何も手につかない。ただ幸せだと感じる出来事にうつつを抜かし、それ以外のことなど蚊帳の外といった状態でした。

その当時私は学生でしたが、そんな有様だったので学業が疎かになりどんどん成績が低下していきました。あまりに幸せになりすぎると、人は現状で満足してしまい、向上心を忘れてしまうのです。

負の感情がモチベーションを生み出す

しかし不幸に見舞われて人が堕落することはありません。何もせずにいると不幸に押しつぶされてしまうためです。そこで人は「負けてなるものか」と反骨精神を胸にふくらませ、ここぞとばかりに奮起するのです。

その当時IT技術屋としていわゆる炎上プロジェクトに投入された私は、ろくに休めない、眠れない、ただ仕事漬けのデスマーチを繰り返す境遇に並々ならぬ怒りを感じていました。「会社に用意されたくだらない境遇に潰されてなるものか。必ずや乗り切って自分の価値を証明してやる」という考えがやむ日など一日たりともありませんでした。

その怒りこそが、救いようのない境遇を乗り越える原動力となったのです。心身ともに限界を迎えているというのに、見事仕事をやり遂げられたのは、ひとえにその気持ちのおかげです。

このように、負の感情が人を奮起させるとんでもない爆発力を生み出すことが往々にしてあるのです。

不満がなくなるとどうなってしまうのだろう

腑抜けます。生きる証明がここにいます。

本日、仕事に対する不満がすべて消失しました。有り体に申し上げるなら、ずっと勤め続けた会社を退職したからです。

しかし胸中は複雑です。不満だらけで心の底から辞めたいと願っていたというのに、いざその願いが成就してみるとなんだか心にぽっかり穴が開いたような気持ちなのです。

何故か?私が嫌で嫌で仕方がない仕事を続けることができたのは、仕事に対する不満や怒りで己を鼓舞していたからです。「必ず辞めてやる」と考えて、仕事を辞めても生きていけるよう副業に手を出してみたり、自宅でもスキル向上に努めてみたりしていたものが、ふと今日は手を出す気にならない。

一時的に気が抜けたということも要因のひとつなのだと思いますが、やはり根幹は私を支える太い柱の一本が消失してしまったことに由来しているのでしょう。

じゃあどうすりゃいいんじゃ

このままではダメになっていく一方。しかし解決策は単純明快です。

ままならない自分に怒りや不満の矛先を向ければ良いのです。

文章をうまく書けない、人付き合いがうまくできない、一般教養が不足している…などなど、改善すべき自分の欠点を挙げてみましょう。

そのことに対し、全力で怒りや不満を抱くはずです。「欠点だらけの自分のままでなるものか」と、その気持ちをバネにまた頑張れるはずです。考え方の問題ですが、実に重要なことです。

まとめ

負の感情というのは、自分が気に入らない何かに対して抱くものです。その「何か」を非常に煩わしく感じるから、我々はそれを取り除こうと尽力するのです。何かが余分、あるいは不足しているからこそ抱くものだということです。

しかし幸せ一辺倒だと、余分も不足もなくちょうど良いバランスで満ち足りてしまっています。つまり、「何かを変えなければいけない」と考える機会が激減します。それどころか、「この幸せが変化しなければよい」と、変わることを拒む可能性すらあるのです。

誤解なきよう申し上げますが、率先して不幸たれということでは決してありません。マイナス感情も使いようだということです。

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