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私が20代で会社を退職し、無職となった理由をお話します

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4月の記事で何度か無職となったことを仄めかしていました。その通りです。2016年3月いっぱいでこれまで勤めた会社を退職し、現在無職の身です。

私という人間のことを知っていただくために、ちょろっとお話して参ります。

なんで辞めちゃったの?

規則的な生活がすこぶる苦手

朝6時に起きて9時前に会社に到着するよう家を出て、最短18時まで仕事をこなして帰宅。明日に響かないよう日付が変わる前には就寝。

入社から1~2年の間はとにかく滅私に徹し、碌に遊びもせずいたため、このサイクルを当たり前だと考えられました。しかし3年目あたりから、押し殺していた気持ちが爆発し、夜中まで外で酒を飲んだり、自宅にいる間も明け方までアニメを視聴したり、ゲームをプレイするようになって、生活が夜型に変貌を遂げます。

自分のために何もできない人生などやりたくもない仕事を耐えしのんでまで続ける価値はないという考えが根底に根付き、いまさら軌道修正もできなくなってしまいました。

そもそも私は、学生の頃から隙あらば学校をサボるどうしようもない人間でした。それは当時学校に行きたくない理由があったためですが、ともかくここで私の甘ったれた人格が形成されてしまったのでしょう。

かくして、退職前の1~2年は、目に見えて遅刻・欠勤が多くなりました。支給された有給を3~4ヶ月ですべて消化する程度には。それでも休み続けていたため、残業相殺、残業が不足していれば欠勤扱いで休んでいました。当時の案件で無理難題を押し付けられたまらなく逃げ出したい気持ちがあったことも理由ですが、それにしたって救いようがありません。

このような個人的理由から、サラリーマンとして当たり前のサイクルを続けることが酷く苦手になってきたのです。私はそういう人間です。

残業しんどい

金のためとはいえ残業が死ぬほど嫌いなのです。過渡期になると帰宅時間は日付を跨ぐ、土日まともに休めない。金を稼いだところで心身ともにボロボロでは意味がありません。勤務形態に選択の自由がないのはしんどい。

やりたくないことが多い

学生の頃からプログラミングに関心があり、ただ「プログラミングがしたい」という理由でIT系の企業に就職したわけですが、実際のところ新規開発だけではなく、自分が開発に一切関与していないシステムのテストやら調査が多い。これが本当につまらない。もちろんサーバミドルウェアの知識なんかは確実に身につきます。スキルアップのためにはなります。しかしつまらない。私は開発がしたい。

適材適所という言葉があるように、得意な人間に得意分野を任せれば良いものを、広く浅く能力を広げようとするあまりに中途半端な人材ができあがるのではないだろうか。

サラリーマンがそのようにしか生きられないのなら、サラリーマンである必要などありません。

人付き合いめんどくさい

会社の人付き合いは私にとって理由があるから維持しているものに過ぎません。たまたま同じ会社にいて、一緒に仕事をしなければならないから、それなりの友好関係を築いておかなければ仕事に差し支える。ただそれだけの理由で交流を持っていたに過ぎません。

だから職場の人間のプライベートにはなんの関心も持ち合わせていません。関心を持っていない相手と付き合うというのは、私にとってなかなかの苦痛です。非常に疲れる。

私は酒好きなので、入社当初は会社で飲み会があれば喜んで参加していましたが、やがてどうしても理由がない限り自主的に参加することは控えるようになりました。何故か?職場の人たちと酒を交わしたところで、大半は会社の売り上げの話に終始するからです。

私は別段会社に帰属意識を持ち合わせていなかったので、会社の話題が中心のコミュニケーションは不毛なのです。かといって、別にプライベートの話題を聞きたいわけでもなかった。かくして、飲み会に参加する意義がそもそもないことに気づいたわけです。

サラリーマンでいると辛さ>楽しさになる

このように、私が嫌でしかたない要素がサラリーマン生活には詰め込まれています。生活のためとはいえ、この環境下であと数十年間耐え続けなければならないと考えたとき、ゾっとしました。今でさえなけなしの休日に得られる楽しさよりも辛さの方が勝っているのに、続けられるものかと。

そもそも過渡期になればなけなしの休日さえ奪われかねないというのに。その結果ストレス発散のために稼いだ金をドブに捨てるような使い方しかできないのであれば、あえて過酷な環境に身を置く必要がありません。

私は「これをしなければならない」という目的があって人生を送っているわけではありません。ゆるく楽しく生きていければ良いだけなのです。そんな人間が、過酷を好むわけがない。「なら、別の生き方を模索するべきだろう」。そう考えたのです。

後悔してないの?

まったく。

一度きりの人生、会社の手となり足となり定年を迎えるというのは、私にとって好むところではありません。退職した結果生活が辛くなろうとも、組織に頼らず自分の力で生きていく経験をしてみたいと思ったのです。それこそが、私の理想の生き方です。

このまま無職でいる期間が長引くほど再就職の成功率は低下するわけですが、サラリーマンとして復職するつもりは毛頭ないので構いません。

まとめ

あまりプライベートをブログに公開したことはありませんでしたが、無職となって数日の間に考えが少し変わりました。せっかくなので、改めて決意表明をしてみた次第です。結果が伴うことを願いつつ、努力しつつ。それでは。

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